大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和34年(わ)303号 判決

被告人 平原敏一 外三名

主文

被告人平原敏一を懲役一年に

同新藤郡治を懲役二月に

同谷川仁助を懲役二月に

同難波績夫を懲役六月に

各処する。

但し、被告人新藤郡治、同谷川仁助、同難波績夫に対し、いずれもこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人難波績夫から金二万六千円を追徴する。

訴訟費用中、証人清水数一、同久保田武二、同末田早苗、同下岡新六に支給した分は被告人難波績夫の負担とし、その余の証人に支給した分は被告人平原敏一の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人平原敏一は昭和三十四年四月八日告示同月二十三日執行の広島県議会議員選挙において、同県高田郡から立候補当選した岩崎譲亮の選挙運動を総括主宰した者、被告人新藤郡治、同谷川仁助、同難波績夫はいずれも右選挙において、同候補者の選挙運動に従事した者であるが、

第一、被告人平原は同候補者に当選を得しめる目的をもつて

一、いずれも同人の立候補届出前である

1 同月五日頃同郡吉田町大字常友千三百二十三番地岩崎譲亮方において、選挙運動者である青崎隆に対し、同候補者のため主として選挙情報の収集による選挙運動を依頼しその報酬等として現金五千円を供与し、

2 同日頃同所において選挙運動者である児玉猛夫に対し、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動を依頼しその報酬等として現金一万円を供与し、

3 同日頃同郡同町大字吉田九百九十九番地の二吉原猛方において、選挙運動者である同人に対し、同候補者のため主として演説による選挙運動を依頼しその報酬等として現金一万円を供与し、

4 同月六日頃前記岩崎譲亮方において、選挙運動者である住田富佐登に対し、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動を依頼しその報酬等として現金一万円を供与し、

5 同月七日頃同所において、選挙運動者である師岡清美に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し、

6 同日頃同所において、選挙運動者である中村一人に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金五千円を供与し、

7 同日頃同所において、選挙運動者である小島倉七に対し、主として演説等による選挙運動を依頼しその報酬等として現金一万円を供与し、

もつてそれぞれ選挙の事前運動をなし、

二、同月八日頃同郡同町千二百九十八番地野川妙子方において、選挙人である出口博に対し、同候補者のため投票方を依頼しその報酬として現金一千円の供与の申込をなし、

三、同日頃同郡同町千三十二番地八起食堂こと栗栖光子方において、選挙運動者である谷口章に対し、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動を依頼しその報酬等として現金五千円を供与し、

四、同月十日頃同郡美土里町大字北二百八番地高杉誠三方において、選挙運動者である同人に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し、

五、同月十一日頃前記岩崎譲亮方において、選挙運動者である秋広一夫に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金五千円を供与し、

六、同月十三日頃同郡高宮町大字佐々部久川秀美方において、選挙運動者である稲田博信に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金五千円を供与し、

七、同月十四日頃同郡吉田町大字吉田千三百三十一番地いろは旅館こと世良義夫方において、選挙運動者である同人に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し、

八、同月十七日頃前記岩崎譲亮方において、選挙運動者である女鳥一夫に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金四千円を供与し、

九、選挙運動者である品川正慶に対し

1 同候補者の立候補届出前である同月六日頃前記岩崎譲亮方において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金二万円を供与し、もつて選挙の事前運動をなし、

2 同月二十日頃前記いろは旅館において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し

十、同月二十日頃同所において、選挙運動者である山崎箕一に対し、主として演説による選挙運動を依頼しその報酬等として現金五千円を供与し、

十一、選挙運動者である谷川国雄に対し、

1 同月十日頃同郡同町大字吉田千三百四十番地岩崎安男方において、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動を依頼しその報酬等として現金五千円を供与し、

2 同月十二日頃前記岩崎譲亮方において、選挙運動者三雲義彦及び同頼実亮之助に対し前同様の趣旨において供与させる目的をもつて、現金四万円を交付し、

3 同月十八日頃同所において、右両名に対し前同様供与させる目的をもつて、現金一万円を交付し、

4 同月二十一日頃前記いろは旅館において、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動を依頼しその報酬等として現金四千円を供与し、

十二、同月二十一日頃同郡同町大字吉田四軒屋二千六百三十四番地中村ウタ子方において、選挙人である同人に対し、投票並びに投票取まとめ等の選挙運動を依頼しその報酬等として現金一千円の供与の申込をなし、

十三、難波績夫(相被告人)に対し、

1 立候補届出前である同月五日頃前記岩崎譲亮方において、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として現金一万円を供与し、もつて選挙の事前運動をなし、

2 同月十三日頃前記久川秀美方において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し、

3 同月二十日頃同所において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し、

4 同月二十二日頃前記いろは旅館において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万円を供与し、

十四、山崎箕一と共謀の上、同月二十二日頃同郡同町大字吉田千百十番地中本空光方において、選挙人である同人に対し前同様の依頼をなしその報酬として現金一千円を供与し、

第二、被告人平原、同新藤は共謀の上、同候補者に当選を得しめる目的をもつて、同月十九日頃同郡同町大字多治比千百五十九番地加藤寛策方において選挙運動者である同人に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金五千円の供与の申込をなすと共に、選挙運動者古川勲曹及び同三上一基に対し、前同様の趣旨において供与させる目的で現金一万円を交付し

第三、被告人平原、同谷川は共謀の上、同候補者に当選を得しめる目的をもつて、

一、同月十六日頃同郡同町大字山手一の四十九番地巣守顕六方において選挙運動者である同人に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一千円を供与し、

二、同月二十一日頃前記いろは旅館において選挙運動者である島田義人及び巣守顕六に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として各金三千円ないし四千円の供与の申込をなし、

第四、被告人平原、同難波は共謀の上、同候補者に当選を得しめる目的をもつて、

一、同月十一日頃同郡高宮町大字船木百十九番地頓田富士枝方において、選挙人である同人に対し前同様の依頼をなしその報酬等として現金一万五千円の供与の申込をなし、

二、同月十二日頃同郡同町大字川根二千七百三十八番地打坂実方において、選挙運動者である同人に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金二万円を供与し、

第五、被告人難波は、

(甲)  被告人平原から同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動の報酬等として供与されるものであることの情を知りながら、前記第一の十三の1ないし4記載のごとく四回にわたり合計金四万円の各供与を受け、

(乙)  同候補者に当選を得しめる目的をもつて、

一、同月十九日頃同郡高宮町大字船木字福田中村ツルエ方附近路上において、選挙運動者である久保田武二に対し、同候補者のため投票取まとめ等の選挙運動を依頼しその報酬等として現金三千円を供与し、

二、選挙運動者である清水数一に対し、

1 同月十五日頃同郡同町大字佐々部字西田の路上において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金四千円を供与し、

2 同月二十日頃同郡同町大字佐々部字奈良の木の路上において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金二千円を供与し

三、選挙運動者である末田早苗に対し、

1 同月十日頃同郡同町大字佐々部船佐農業協同組合製粉加工場において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金一千円を供与し、

2 同月二十一日頃右組合修理工場において、前同様の依頼をなしその報酬等として現金二千円を供与し、

四、同月二十二日頃同郡同町大字羽佐竹九百七十三番地下岡新六方において、選挙人である同人に対し、前同様の依頼をなしその報酬等として現金二千円を供与し

たものである。

(証拠)(略)

(総括主宰者の認定)

被告人平原敏一が冒頭掲記の本件選挙運動を総括主宰した者であることは、

一、前記に認定判示するように、同被告人が本件選挙の告示前よりその運動期間の殆んど全期間に亘り、選挙区域の全地域に及ぶ多数の運動員に対し候補者岩崎譲亮方等において報酬を含む多額の運動資金を供与、又は交付した事実自体と

二、前掲証拠並びに被告人平原の当公判廷における供述、当公判廷における証人川口常次郎、同末兼英一、同岩崎譲亮の各供述、川口常次郎の検察官に対する供述調書(二通)末兼英一の裁判官に対する供述調書、被告人平原の検察官に対する供述調書(昭和三四年五月一六日附)押収にかかる証第二四号、証第二一号等を総合して認め得るように

1  被告人平原と岩崎譲亮とは元来親族であつて以前より親交があり、昭和三〇年施行の広島県議選挙(第三回)において岩崎が立候補当選した際も、その総括主宰者であつたかどうかの点は別として、ポスターの掲示責任者となる等該運動の有力なメンバーとして活躍したこと

2  昭和三三年八月頃、右岩崎譲亮方で開かれた今次選挙の対策協議に関する首脳部会合に出席し、次いで同年一〇月頃結成された岩崎譲亮後援会には推されて、これが会長となつたこと

3  本件選挙の直前である昭和三四年三月中旬及び四月初の二回に亘り右岩崎譲亮方で開かれた選挙運動方針等の協議会に出席してこれに参画し、特に四月初の右会合の席上において選挙区内各地区の運動責任者として岩崎譲亮が自ら書いたメモ(証第二四号)を受取り、これを所持していたこと

4  出納責任者の山県正一は単に名義のみで実際上は同被告人が初めからこれを掌握し、川口常次郎を補助者として運動費用の収支一切を取扱い、且つ法定選挙費用の外、自ら運動資金として約三十万円を準備調達し、本件供与又は交付にかかる金員も右の中から支出されたものであること

5  選挙告示直前より全運動期間に亘り運動に専念し、運動期間中は毎日吉田町重藤方に設けられた選挙事務所に出務し、随時候補者岩崎譲亮方及び別に選挙事務用として借入れた同町いろは旅館応接室との間を往来し、同所において各地区の運動員と面接して情勢報告を聴くと共にこれらの者に対し、それぞれ判示の如く運動資金を供与、又は交付して運動を指揮督励し、特に激戦地とみられる高宮町には自ら二回に亘り情勢視察に赴く等して以て運動の積極的推進を図つたこと

6  今次選挙においてもポスターの掲示責任者は同被告人であつたこと

7  自ら候補者岩崎譲亮の名刺(証第二一号)を多数所持していたこと

の諸事実を総合すれば、同被告人は岩崎候補と緊密な関係の下に本件選挙運動の中心勢力を形成し、その中核的役割を果たしたものというべきであるから、これを総括主宰者と認定すべきものである。

(被告人平原及びその弁護人等の主張に対する判断)

被告人平原及びその弁護人等は本件選挙運動の総括主宰者は末兼英一であつて、被告人平原は総括主宰者ではない旨主張するを以て検討するに、当公廷に現われた証拠によると、なるほど岩崎譲亮は末兼英一とも親交があり、昭和二二年(第一回)及び昭和二六年(第二回)の同県議戦に岩崎が立候補した際は末兼英一がその最高責任者となつたこと、今次選挙においても前記昭和三三年八月、同三四年三月中旬及び四月初の三回に亘り岩崎方で開かれた会合にも末兼は出席していたこと、重藤方の選挙事務所の借入れ、同事務員原四郎の雇入れ、ポスターの色彩の選定、演説会についてのスケジュールの作成変更に関しては末兼の配慮又は助言、尽力によるものがあつたこと、末兼は前記選挙事務所へは昼間は時々一寸顔を出す位に過ぎなかつたが夜間は遅くなつてからではあるが毎晩のように顔を出し演説から帰つた岩崎候補を待ち受けてこれと話し合つていたこと、宮沢参議院議員が応援演説に来た際も末兼がその接待に当つたこと等が認められるけれども、証人末兼英一の当公廷における供述、同人の裁判官並びに検察官に対する各供述調書によるも明らかなように、同人は吉田町において開業している歯科医であつて右業務のため日常多忙の身であるのみならず、特に昭和三一年一〇月一日よりは改正法(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)による吉田町教育委員会の教育委員となつたため、政党その他の政治的団体の役員となり又は積極的な政治運動はしてはならないこととなつた関係上、選挙運動の総括主宰者というような重要にして積極的且つ活動的な地位には就けず、せいぜい裏面又は側面からこれを援助協力するの立場を持せざるを得なくなつたものであつて、本件においても末兼は被告人平原の上に立つてこれを指揮したと認むべき証拠は何等存しないのみならず、前記同人の行動の如きもただ従来の関係と右の立場から主として運動の準備的行為及び演説の面につき協力関与したに過ぎないものであることが看取され、なお同人は選挙費用ないし選挙運動資金の面には全然関係がなかつたものであることが明らかである。

のみならず、公職選挙法第二二一条第三項にいわゆる選挙運動を総括主宰した者とは、これを立法の趣旨に鑑みるときは、必ずしも一人に限られず、又総括主宰といつても全選挙運動を単一な不可分一体のものとしてその全体を総括支配するものであることを要せず、事実上、該運動の中心勢力を形成したものを指すと解すべきであるから(大審院昭和一二年三月一五日判決、集一六巻三四七頁参照)仮りに所論のように演説の部面は末兼が支配又は指揮したところであり被告人平原はこれに何等関与しなかつたとしても、前記認定のように被告人平原は岩崎候補と緊密な関係の下に該運動の中心勢力を形成し、その中核的役割を果たしたものと認められる以上、末兼にかかわらず、同被告人の総括主宰者であることを否定さるべきいわれはない。その他、弁護人等の請求により取調べた証拠によるも以上の認定を左右するに足らないから右の主張は理由がない。

(法令の適用)

一、(1) 被告人平原の判示所為中事前運動の点は公職選挙法第二百三十九条第一号第百二十九条に、金員供与、供与の申込及び交付の点は各同法第二百二十一条第三項(共犯の点は刑法第六十条)に各該当するところ、事前運動と金員供与とは一個の行為で数個の罪名にふれる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により重い後者の罪の刑に従い

(2) 被告人新藤、同谷川の判示所為並びに同難波の第四の判示所為中金員供与、供与の申込及び交付の点は各公職選挙法第二百二十一条第三項刑法第六十五条第一項第六十条に該当するところ同法第六十五条第二項によりいずれも公職選挙法第二百二十一条第一項の罪の刑に従い(なお判示第二の交付と供与の申込の点、及び判示第三の二の供与の申込の点はいずれも包括一罪)

(3) 被告人難波の判示第五の所為中金員受供与の点は同法第二百二十一条第一項第四号に、金員供与の点は同条同項第一号に各該当する

(4) 以上の各罪について、いずれも懲役刑を選択し、なお被告人新藤を除くその他の被告人の各罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により、犯情重いと認める被告人平原については判示第一の十一の2、同谷川については判示第三の二、同難波については判示第四の二の各罪の刑にそれぞれ法定の加重をした刑期範囲内において、被告人平原を懲役一年に、同新藤を懲役二月に、同谷川を懲役二月に、同難波を懲役六月に各処し、

二、被告人新藤、同谷川、同難波に対しては情状により刑の執行を猶予するのを相当と認め各刑法第二十五条第一項を適用して、いずれも本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、

三、被告人難波が判示第五において収受した利益は没収することができないから公職選挙法第二百二十四条後段に従い同被告人からその価額二万六千円を追徴し、

四、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い、主文記載のごとく被告人平原及び同難波にそれぞれ負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 尾坂貞治 赤木薫 小島建彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例